浜脇界隈を歩こう

別府温泉発祥の地といわれる「別府八湯」の一つ浜脇温泉。明治、大正のころは別府の温泉といえばここでした。そのころの浜脇は栄華を極める大歓楽街で多くのお客で溢れかえっていました。再開発で区画整理がされた街並みに、その面影はほとんどありません。しかし、路地のところどころに古びた建物が残っており、昔の雰囲気をほんの少しだけ感じることができます。別府の他の地区に比べると小さな町で、これといった旧跡や名所はありませんが、温泉の町の原点といわれる古さを感じ取っていただけたら幸いです。

■JR東別府駅
JR別府駅から大分方面へ次の駅です。ここで降りましょう。ちょっぴりレトロな小さな駅です。駅舎は明治14年に出来ました。当初は浜脇停車場という駅名です。大正時代に浜脇駅になり昭和9年に東別府駅になりました。普通列車が停車し特急列車は止まりません。国道が目の前にあり、駅は少し高台の丘の上にあります。

■街に向かいましょう。
東別府駅を出発すると目の前に秋葉神社があります。なかなか立派な神社です。

街に向かうその前に、駅の背面にある小高い丘に登ってみましょう。


陸橋を渡るとき素晴らしい街の風景が眺められました。

■浜脇中学校
ゆるい勾配のある道を登って行くと中学校の校門がありました。立派な石垣です。この辺りは、戦国の武将、大友氏の館があった場所らしいです。高台から街一面が見下ろせる眺めの良い所です。大友宗麟もここにいたたという説があります。

ここは中学校のプールです。


中学校の背面の高台はとっても眺めがよく、海や国東半島までよく見えます。


どんどん歩いて行くと、突然、こんな美しい樹木に覆われた小川がありました。河内谷というところかな?


目映い緑色の草や苔が美しい。

街に向かいます
丘から降りてくると線路のむこうに広い道路がみえます。高崎山の裏側を通って大分市や由布市向う新しく開通したバイパス道路です。

お寺がありました。


その前の線路の下に、人が通れるプチトンネルがあります。この向こうに浜脇の街が見えます。

■狭い道路
路地という感じの狭い道路の両端に、旧い家や建て直して新しくなったらしい家々が立ち並んでいます。昔の浜脇の街を蘇らせる雰囲気があります。

■アンティークな洋館建て
この家は昔からあります。相当古い洋館建てです。

この家なんかも相当古そうです。栄華を誇った遊郭跡かも。

■朝見川沿いの家々
朝見川の上流方向。鶴見岳が遠くに見えます。

こちらは海方向。向かって右側の川沿いには、少し前まで旅館や遊郭などちょっと異様な感じの古びた木造の家が立ち並んでいました。でも現在はその面影は全く感じられず、きれいに再開発されてビルが立ち並んでいます。


最近まで、川沿いにはこんなヤシの木が並んでいたんですが、現在は柳の木になっていました。

■昔は別府一番の泉都だった
現在では再開発されてきれいなタウンになりました。この辺りは別府で一番の歓楽街で、大勢のお客が浴衣姿で歩いていた場所です。

浜脇温泉は昔の面影はなく、昔の浜脇温泉入口のアーチ型モニュメントだけが残され、新しい温泉施設に生まれ変わりました。


温泉施設入り口前に、別府温泉発祥の地、浜脇という表示板がありました。再開発前の街の様子がわかります。

■浜脇薬師如来
浜脇温泉の広場の一角に薬師如来を祀ったお堂があります。8月の下旬ごろに江戸時代から起こった薬師祭りが執り行われます。お化け屋敷や見立て細工が見られ、また妖艶な衣装を着たり化粧した花魁道中などがあり、この界隈は大変な賑いをみせます。

■露地を歩く
街を散策しながら歩きます。

道端に現在では珍しい丸井戸があります。この井戸は今でも生活用水として使われているそうで、どんなに日照りが続いても水がかれたことがないと案内板に書いてありました。そばのお大師様の台座に弘化四年(1874年)と刻まれています。


古い家々が立ち並んでいます。その昔は商家や旅館だった様子の家が軒を並べています。

■東別府駅に帰ってきました
レトロな雰囲気が感じられる素敵な駅舎です。 さて列車に乗って次へ出かけましょう!


以上が浜脇の紹介でした。
<関連ページ>
路地裏・横丁の風景 別大国道を歩く「うみたまご」まで